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終末医療を考える

ゲスト

埼玉県がんセンター総長

武田文和先生

  いま、モルヒネの適正な使用など医療の進歩で、終末期の痛みを抑えることも出来るようになっています。
私たちが漠然ともっている悲惨なイメージとは、きっと違った終末期医療の実体があるのではないかと思います。
今回は、そんな終末期医療の実像について勉強します。



 
    ガンという病気は、診断されたり治療が終わったりした時点から5年たったときに元気でいると、治ったとみなすことになっている病気です。それを5年生存率というのですが、100%にはなりませんが限りなく100%に近づけることは出来るわけです。
    埼玉県ガンセンターで治療を受けた方で見ますと、58%、乳ガンや子宮ガン、胃ガンなど検診が行き渡って早いうちに見つかるガンでは、98%の人が5年生きています。
    ガンというのは、即死しないという特徴があります。つまり、ガンを体の中に抱えながら生きていくわけで、そのことが患者さんの大きな重荷になるのです。亡くなる前の3ヶ月から6ヶ月を末期といいますが、亡くなる方がその期間全部を病人で寝たきりでいるかというと、そうではなくて、最後の数日くらいまでけっこう活動力を蔵しているわけです。

    ガンと言われたときの本人と家族の心の衝撃と実際の患者さんの状態との間には落差があります。ガンと言われて、お先が真っ暗になり頭の中が真っ白になっても、その人は今元気に生きているわけです。これが一つです。
    もう一つは、ガンが末期なのか早期なのかを判断しているのは、医者だということです。例えば、医者が「このガンは小さくて早い」と言えば早期ガンですし、間違って「もっと進んでる」と誤診すれば末期ガンになります。
    医者判断が正しくても、例えば患者さんに「早期ガン」で「ちゃんんと治療すれば治る」といった場合に、「ガンは間違いない」しかし「早期」と「治る」というのは慰めだろうというのが、多くの患者さんの心情だと思います。これは明治時代からガンについて嘘を言い続けてきた医者が、にわかに本当のことを言っても信じられないのは、当然なのです。そういうわけで、体の状態は早期でも、心の状態が末期なんてことがよくあります。

    ガン治療には、終末期医療から発達してきたいろいろな技術と知識があります。痛みをはじめとする様々な症状を治療の力で相当程度なくすことができます。ガン患者は痛みがあれば痛み止めの薬を要求すればいいわけで、みなさんには医療消費者として痛み止めを要求する権利があるし、医者はそれを使うことが義務なのです。よく効く薬がこの世に存在していて、大病院だけでなく診療所でも使えるようにまでなっているわけですから、苦しさから解放する治療の努力をしない医者は許しがたいと思っています。

    それから心の問題があります。ガンと聞いて頭が真っ白になって何も分らなくなっても、だいたい2週間経つと元の状態に戻ります。ガンを告知したときに、患者さんがどういう心情になって、何が起こるかということはデータとして分っていますので、医者と看護婦と家族が意志を通じ合って患者さんを支えてあげて、一日も早く回復させるというようなことも出来るわけです。それを、ずっーと嘘をついていて、終末期になってから「実はガンでした」なんて言うと、「今頃何だ」と患者の怒りはなかなか消えません。たしかに、ガンの告知を受けて立ち直れない人も15%くらいはいますが、その人達には精神科領域からの治療法も供給されています。
    今の日本は、医療情報が溢れていますし、日本人の教育水準も世界でイチバン高いわけですし、また医者も嘘をつくのがうまいわけではありませんので、その日はごまかせても長い間嘘をつき続けることは出来ません。その意味では、どんなに医学が進歩しても必ず人間は死ぬわけですから、患者さんが前向きに、本人にとって有意義な日々が過ごせるように、終末期医療の中で得られた知識と技術を駆使してサポートしてあげ、「ガンで死ぬ方がいい」と言う人が出てくるようにガン医療はなるべきだと思っています。

    最近、インフォームドコンセントという言葉がかなり言われていますが、この言葉が患者側からも医療側からも時々誤解を受けています。それは患者側からは「説明がない」、医療側からは「説明しただけにとどまる」という誤解です。
    インフォームドコンセントというのは、患者さんが自分の名前をはじめ症状やその病気の先行きについて説明されて理解して、その方針で治療をやって下さいという同意をしている状態を言います。それはあくまで、医者は看護婦など医療側はやることではなくて、患者自身がやることなのです。
    なぜインフォームドコンセントが重要かというと、一つは、患者さんの病気に関する医療情報は誰のものかということです。見つけたのは医者でも、情報の持ち主は患者だということです。そのプライバシーを本人の承諾なしに他人に話すべきではない。本人に言う前に「奥さん、実はご主人はガンです」などと医者が言うのは逸脱行為です。また家族が「本人に言う前に言って下さい」というのも同じです。プライバシーについて、教育の高い日本人があまり理解していないことが多い。
    それから、そういう医療情報を医者に握られているわけで、患者の弱みであると理解しておく必要があります。それは患者と医者が人間として対等の立場にたっていくことに影響を与えますから、情報を共有することによって患者と主治医の対等の関係が築けると考える必要があります。
    インフォームドコンセントで、手術がいいのか放射線治療がいいのか、薬を飲むのがいいのかと言うと、「素人だから判断できない」と言われると思います。医者との1対1の話し合いだと必ずしも十分理解できないこともあると思いますので、その場合には、看護婦とか身近にいる医療職の人たちに聞くことも必要です。埼玉県ガンセンターでは、大事な話をするときには必ず受け持ちの看護婦が主治医に付き添って患者の反応を見たり補足説明をしています。

    私が家にいるときなど、同級生等から「家内がガンでどうしたらいいか」などという質問が結構きます。そこで私が思うのは、第一に、診たこともない人について役に立つ返事は出来ないということです。第二は、医療行為といえども経済行為ということです。みなさんはお金を払って病院に行って診てもらっているのに、なぜその医者に質問しないのかと思うわけです。
    そういうことが埼玉県では多すぎる。いい意味での患者の権利意識が薄すぎます。私のいた群馬県は国立病院が何十年も前からあって、患者を紹介したりされたりすることが根付いていて、内緒で転院するようなことはほとんどありません。それが埼玉県ではまだ多くて、これは資源の無駄遣いです。その意味ではセカンドオピニオンがもっと根付く必要があります。

    インフォームドコンセントに関して、医療側が何をするかという問題があります。一つは一度情報を患者に与えたら提供し続けるという態度が必要です。二つ目は心身両面にわたる苦しさの解除を必ずやることです。調査では、日本人の80%以上が「自分がガンになったときは告知してほしい」という考えです。ところが「家族がガンの場合本人に言う」のは30%です。その理由として、国民性だとか宗教観だとか、文化の差、村社会などいろいろ言われていますが、説得力が無いんじゃないかと思います。
    アメリカやイギリスの医師が言っているのですが、患者が本当のことを知りたい理由は、一つは半信半疑でいたくないこと、二つは回りの人たちと心を開いたコミュニケーションをはかりたい、三つには自分の将来を考え直し必要な将来計画を変更したい、そして最後に自分の死の準備をしたい、だということです。
    患者さんに辛い事実を知らせることは、後ろ向きの気持ちにさせるだけで得るところがないと言われてきたのですが、これは誤った憶測で、本当のことを知った人がいかに立ち直って前向きに病気と闘っていくかということです。
    本当のことを知る権利は全員が持っていますが、知る権利を主張する人も揺れ動いていると思うんです。ですから、ある時点を捕らえて言うのではなくて、私の場合、初診の時から患者さんが嫌がる言葉を言うわけです。例えば「胃の検査をすればガンが無いことも分りますがあることも分るんですよ」というように、検査のたびにあらかじめ一番嫌がることを言っておくと、患者さんにも筋書きが読めてくる。そうすると、悪い結果に対する心の準備に繋がっていく。その方が患者さんにとっていいのではないかと考えています。その意味でも、本人に言うのが筋だと思っています。
    本人に言うと家族から苦情が来ることがあります。その苦情は医者には来ないんですね。ここが日本人の変なところで、看護婦に来るんです。その時に看護婦が「本人告知が当病院の基本的な考え方で、辛いでしょうが分って下さい」という対応をすると納得しないで帰るのですが、2〜3週間すると謝ってきて、「あの時は慌てていたので、大変前向きに治療に取り組んでいる今の患者の姿を見て、本当のことを知っていたからそういう風になれたのだということが、看護婦さんの話を通して今頃分りました」という反応が多いんです。

    心身両面の苦痛を解除する医療技術は「緩和ケアー」と呼ばれていますが、これは早期ガンでも末期ガンでも必要なわけで、ガン治療全体で実施していくべきものと考えています。ガン治療の場合、痛みの治療というのが患者さんの苦しさを解放していく基本になります。痛みという症状が大変多いというのが一つの理由なのと、その対応の基本にあるものが、他の辛い症状の対応法の基本と同じだからです。そこで私は、痛みの治療を医者にも看護婦にもよく学んでほしいと言っています。
    当たり前に見えるこのことが、実はソ連のペレストロイカ以上の革命的な変化なんです。私が学生の頃はモルヒネを使うと教授から怒られたんです。使ってはいけない薬だったのです。それが今になって政府も国連も「使え、使え」と言ってるわけです。モルヒネというのは麻薬中毒患者を増やすと思われていたのですが、どの医者も中毒になった患者を見たことが無かった。つまり迷信が事実として存在していたわけです。モルヒネが持つ痛み止めの能力は、アスピリンやセデス等が十両クラスだとすると横綱クラスなんです。
    現在では、モルヒネを安全に、中毒者も作ることなく、長期間に渡ってガン患者の痛みを抑えることに使うテクニックが発達しています。しかし、医療界がそう考えだしたのはつい最近で、この180度違う大きな変化についていけない医者もまだまだいます。

    医者を活用される皆さんにも、こうしたガン治療をめぐる現在の状況を十分理解していただいて、緩和ケアーを始めとする色々なガン治療を進めていけば、ガンという病気はそんなに恐ろしいものでなくて、ガンになってもそれなりの生活を過ごせるということに繋がるのではないかと思っています。